先日、Xでとあるツイートが目に入りました。
小中高生自殺者数が過去最多らしい。
人生のネタバレ化みたいなもので、インターネットを見ても、大人たちは「つらい」「仕事辞めたい」「学生時代が一番楽しかった」と言ってるし、この先生きてもどんどん大変になるばかりだ、と思っちゃうのかな…
近年、SNSの普及にともなって、『親ガチャ』『人生は運ゲー』『片親』『家庭環境』などの言葉を使って、人生を悲観している人々が多くみられます。
僕自身も兄を自死で亡くしており、兄も上記のような言葉を使って自分の人生を強く悲観していました。
【実話】兄が飛び降り自殺で亡くなった時の話|兄が最後に残したもの
そこで今回は、『なぜ若者の自殺が増え続けているのか』について、公式のデータをもとに、僕なりにお話していきたいと思います。
1. 日本の自殺者数は増えている?
結論から言うと、全体的な自殺者数は減っています。

現在の自殺者数は過去最少の記録であり、記録を始めた1978年が20,788人なのに対して、2026年現在は20,320人です。
そして、自殺者が最も多かった年は、2003年の34,427人です。
バブル崩壊後に自殺者数が爆発的に上昇したあと、法律・制度の改正、自殺対策の強化・認知、経済の回復などにより年々人数が減少しているというのが現状になります。
2. 学生の自殺は過去最多
しかし、昔と違い小中高生の自殺は過去最多を更新しています。

上の図は、小中高生に限った年代別のグラフですが、1978年が289人なのに対して、2026年現在は529人と約1.8倍上昇しています。
そして、これは年々増加傾向にあります。
3. なぜ若者は人生を悲観してしまうのか?

先頭に書いたように、人生を悲観している若者がSNSを通じて沢山みられるようになりました。
若者が人生を悲観してしまう理由として、
①SNSの普及
②将来への期待感がない
③劣悪な家庭環境
④孤独・人間関係の希薄
⑤学歴社会への絶望
などがあげられると思います。
特に、若者の自殺には、SNSの普及による人生のネタバラシ的な概念は大きく関係していると思います。
しかし、10代の人間はまだ自分の人生の舵を自分で切っていない場合がほとんどですので、言い方を変えれば、『まだ始まってすらいない人達』なのです。
それにも関わらず自殺をしてしまう理由としては、SNS普及による他人と自分の比較による心理的な絶望感が大きく関わっているからではないでしょうか。
また、比較がしやすくなってしまったことで、自分の生い立ちへの悲壮感が強まってしまっているのも、事実あると思います。
「何をしても無駄だ」「自分の人生はどうせうまくいかない」といった心理的な絶望が、一部の若者を無気力させ、結果的により幸せを感じづらい状態になってしまっているのかもしれません。
4. 若者の自殺を減らすにはどうしたらいい?

個人的には、10代というまだ脳が成長段階の時期に自殺を行ってしまうのは、その人に関わってきた大人や学校教育に問題があると感じています。
つまり、運のなかった子供たちが自殺しているのです。
昔は、自分の生い立ちと比べる対象はせいぜい周りにいた同級生くらいでしょうが、現在はいくらでも比べられる世の中です。
自分と他者を比べるのは人間の性質なのでさけられませんが、重要なのはそのあとで、極端に運のなかった子供たちが、自分の心を守る力を養えないまま、比較と絶望にさらされてしまっているのが現状なんです。
家庭への直接介入が難しい現状では、国の教育システムを変えないかぎり、今後も若者の自殺者は増え続けるのではないかと思っています。
5. 自殺は脳の病気

自殺は脳の異常からくる行動です。
脳は子供の頃の環境に依存して発達して、その人格を形成します。
そして、子供はそこに対しては不可抗力です。
つまり、運ゲーです。
本当の運ゲー要素は、家庭が裕福なことでも、容姿が優れていることでもなく、脳が正常に発達できるかどうかというのが本質だと僕は考えています。
そして、家庭環境が運で左右されるなら、せめて学校で導いてあげないことには、正常な脳になれるんでしょうか。
ましてや、『大人』になれるんでしょうか。
先にも書きましたが、学校教育を変えないかぎり、これから生まれる子供は死に続けるか、死なないとしても、死んだように生きる人が増えると思います。
6. 最後に
若者の自殺者が増えているということは、まだ行動に移していないという人がいるだけで、その母数は増えているということです。
その人たちが、20代,30代,40代となんとか生きて、中高年あたりで実行してしまうというケースは当然多くなると思います。
人それぞれ境遇は違います。
本当に救いようのない家庭環境の人もいます。
巡り合える人間も、才能も、容姿も…
ぶっちゃけ全部運です。
しかし前提として、この世はとてつもなく不平等です。
自分を悲観しようと思えばいくらでもできます。
自分の粗を探そうと思えばいくらでも出てきます。
かつて子供だった人がある年齢を超えたときに『大人』と認識され、うまく適応できなかった場合、コミュニティからはぐれて、生きづらさを感じてしまいます。
本当に必要なことは、その子が人生を悲観するのではなく、将来自分の人生を前向きに生きられるような力を、教育段階で大人がつけてあげることだと、僕は思います。
今回の記事はここまでです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
うぃる


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