僕は長い間、鬱に苦しんできました。
小学生の頃に母親が家からいなくなり、その後はネグレクト気味だった父親と、3人の兄弟で育ちました。
そして21歳の頃、兄が鬱病で自ら命を絶ちました。
【実話】兄が飛び降り自殺で亡くなった時の話|兄が最後に残したもの
僕自身も、中学生の頃からずっと心の苦しさを抱えていました。
「どうして自分はこんなに苦しいんだろう」
「いつになったら普通になれるんだろう」
そんなことを何度も考えてきました。
そして現在も、「完全に治った」と断言できる状態ではありません。
それでも、22年間を振り返ってみると、
明らかに以前より良くなっている。
以前は頻繁に「死にたい」と考えていたのに、今ではそう考えることがほとんどなくなりました。
今回は、僕がどのようにしてここまで回復してきたのかを書きます。
そもそも、僕の鬱の原因は分からない
最初に書いておきたいことがあります。
僕自身は、自分の鬱の「具体的な原因」を完全には分かっていません。
家庭環境が大きく影響していた可能性はあります。
小学生の頃に母親がいなくなった。
ネグレクトの父親と兄弟3人で生活していた。
学校生活が上手くいかなかった。
良い大人に巡り合えなかった。
そして21歳のとき、兄を自殺で亡くした。
こうした出来事が、自分の心に影響していたことは間違いないと思います。
ただ、「これが原因です」と一つに決められるほど単純なものではありません。
精神的な不調には、環境だけでなく、性格、ストレス、身体的な要因など、さまざまなものが関係していると考えられています。
だからこの記事も、「これをやれば鬱が治る」という話ではありません。
あくまで、長年苦しんできた僕自身に起きた変化について書いていきます。
筋トレを4年間続けても、心は病んでいた
僕は筋トレを4年間続けています。
ベンチプレスも130kgまで挙げられるようになりました。

普通に考えれば、「筋トレを4年間も続けているなら、メンタルも強くなったんじゃない?」と思うかもしれません。
確かに、筋トレには良い面がたくさんありました。
身体は明らかに変わりました。
自分に少し自信もつきました。
それでも、
心の苦しさは一切消えませんでした。
ベンチプレスで130kgを挙げても、
早起きをしても、
散歩をしても、
人と交流しても、
良くなるどころか、年々悪化していったのです。
健康的な生活を送れば、ゆっくり休んでいれば、運動をすればすべての精神的な問題が解決する。僕は、そんな単純な話ではないことを自分自身で経験しました。
肉体と心はほとんど関係がなかったのです。
「正しい生活」をしているのに、なぜ苦しい?
早起きをする。
運動をする。
人と話す。
外に出る。
生活リズムを整える。
こうしたことは、もちろん大切です。
僕自身も何度も試しました。
しかし、それでも苦しい。
「こんなに頑張っているのに、
どうして良くならないんだ?」
そう思っていました。
そして、あるとき僕は「脳科学」に興味を持つようになりました。
そこで、自分の心について今までとは違った見方をするようになりました。
僕は「自分の脳」を敵だと考えるようになった
僕が大きく変わったきっかけの一つが、
「自分の脳を少し離れたところから見る」
という考え方でした。
それまでの僕は、
「自分がそう考えている」と思っていました。
例えば、
「自分なんてダメだ」
「どうせ何をやってもうまくいかない」
「この先もずっと苦しい」
「死にたい」
という考えが浮かんだら、それをそのまま「自分の考え」として受け入れていました。
でも、よく考えてみると、
考えは勝手に頭の中に浮かんできます。
自分が意識的に選んでいないのに、突然ネガティブな考えが出てくる。
そこで、
「これは本当に自分の意思なのか?」
と考えるようになりました。
ネガティブ思考が「習慣」になっていた
そして、自分や他人を観察しているうちに気づきました。
僕は長年、ネガティブなことを考えること自体が習慣になっていたのです。
①漠然と嫌な気持ちになる
②悪い方向に考える
③さらに悪いことを想像する
④過去の嫌な記憶と結び付ける
⑤「やっぱり自分はダメだ」と考える
⑥さらに落ち込む
⑦希死念慮が起こる
⑧ ①に戻る
このループを何年も繰り返していました。
僕はこれについては、自分の意志とは関係なく、ほとんど生理現象に近いものだと考えています。
・薬物依存症
・セックス依存症
・アルコール依存症
上記のものと一緒で、ある種脳のバグで、理性では制御不可能なものなのです。
しかも、それを「自分の性格」だと思っていました。
生まれつき薬物依存の人間はいません。
ある地点で、脳がそれに依存するように変化しただけなのです。
よって、これらは性格というより、長年繰り返してきた思考の癖なのではないか?と考えるようになりました。
人間誰しも、子供の頃は純粋で、ポジティブな場合がほとんどです。
親を生まれつき嫌いな子供がいないように、生まれつき希死念慮がある子供なんていないんです。
原因は、全て自分の本能の部分(脳)にある。
そう考えるようになりました。
そして、自殺はほぼ理性的ではなく、本能的な部分で行っているものであるとも考えています。
「ネガティブになった瞬間」に気づく
そこで僕が始めたのが、ネガティブ思考になった瞬間に自分で「気付く」練習です。
例えば、
「俺は生まれつき不幸だ」
という考えが出てきたとします。
以前なら、
「そうだよな。俺は死ぬしかないんだ」
と、その考えの中に入り込んでいました。
しかし今は、
「あ、今ネガティブな思考が始まった」
と、一歩引いて見る。
「またこのパターンが始まったな」
「また、脳が悪い癖を発動しているな」
と観察する。
重要なのは、ネガティブな考えを無理やり消そうとしないこと。
「考えるな!」とすると、逆にその考えを意識してしまいます。
そうではなく、
「あ、今こういう考えが出ているな」と気付く。
僕はこれを毎日繰り返しました。
「気づいたら、必ず行動する」
そして、もう一つ僕がやっていることがあります。
それが、ネガティブ思考に気づいたら、特定の行動をするというルールです。
僕の場合は、腕立て伏せ50回+懸垂50回。
もちろん、これは僕自身が決めたルールです。
誰にでも同じことをおすすめするわけではありません。
重要なのは、「ネガティブ思考に気づいたら、何か特定の決まった行動をする」という部分です。
例えば、
水を飲む。
深呼吸する。
少し歩く。
ストレッチをする。
部屋を掃除する。
紙に今の感情を書く。
こういった行動でもいいと思います。
僕の場合は、もともと筋トレをしていたので、運動を使いました。
重要なのは、どれだけ負の感情に呑み込まれたいときでも、必ず行うということです。
「考える」から「行動する」へ
これが自分にとってかなり大きかったです。
以前の僕は、
①嫌なことを考える
②さらに考える
③もっと悪いことを考える
という状態でした。
つまり、
思考→思考→思考
という解決の糸口が見つからない構造でした。
それを、
①思考に気づく
②「あ、また始まった」と気付く
③決めた行動をする
という形に脳のプログラミングを変えていきました。
すると、少なくとも僕の場合は、
頭の中だけで延々と考え続ける時間が減っていきました。
脳に染みついた癖は、完全には消えない
ここで重要なのが、一度身についた思考の癖は、完全にはなくならないということです。
今でもネガティブになることはあります。
嫌なことがあれば落ち込みます。
将来について不安になることもあります。
でも、以前とは一つ違うところがあります。
「今、脳は自分をネガティブにしようとしている」と気づけるようになったことです。
これだけでも、かなり違います。
「治す」より「腐らせる」
僕は最近、自分の脳の思考癖について、「完全に取り除く」のではなく、「腐らせる」という考え方をしています。
長年使ってきた脳の回路や思考パターンが、一瞬で消えるわけではありません。
何十年も繰り返してきたものなら、なおさらです。
だから、「もうネガティブにならない人間になる」という目標ではなく、「ネガティブになっても、そこに長時間居座らない」という目標にする。
以前なら1時間考え続けていたことを、30分で切り上げる。
それが20分になる。
10分になる。
そして、「あ、また始まった」と早い段階で気づけるようになる。
僕にとっては、これも十分な回復だと思っています。
それに加えて、運動習慣や、人との交流、その他自己成長があれば、問題なく生活しているのではないかと考えています。
22年間苦しんだからこそ分かること
僕はこれまで、22年間ずっと心の苦しさを抱えてきました。
もちろん、ずっと同じ強さで苦しかったわけではありません。
楽しい時期もありました。
幸せだと思える瞬間もありました。
それでも、人生のかなり長い期間、
「死にたい」
という考えが常に頭の中にありました。
筋トレをしても。
早起きをしても。
散歩をしても。
人と交流しても。
その苦しみは、全く消えませんでした。
なぜなら、脳のプログラミング部分を変えず、結果だけを変えようとしていたからです。
だからこそ、少し自分で手を加えた今、「死にたい」と考えることがほとんどなくなったという変化は、自分にとってかなり大きなものです。
まだ「完全に治った」とは言えない
ただ、僕はまだ、鬱が完全に治ったとは言えません。
そもそも、自分が医学的にどういう状態なのかを、この記事だけで判断することもできません。
世界の医学を駆使してもなお、まだ鬱の原因は判明していません。
今後また苦しくなる可能性もあります。
だから、「これで完全に克服した!」と宣言するつもりもありません。
それでも、22年間ずっと苦しんできた自分を振り返れば、明らかに良くなっています。
それだけは自分自身ではっきり感じています。
僕が伝えたいのは「気合いで治せ」ということではない
この記事で、鬱は気合いで治せることを言いたいわけではありません。
運動すれば治ると言いたいわけでもありません。
まして、ネガティブ思考をやめれば治るという単純な話でもありません。
僕自身、何年も努力してきても苦しい時期がありました。
だからこそ、精神的な不調で苦しんでいる人に、
「もっと頑張れ」
なんてことは言いたくありません。
ただ、僕の場合のたどり着いた考えで、少しでも良くなる人がいたらいいなという気持ちで書いています。
「自分の考え」と「自分」は同じではない
これは、今の僕が一番大切にしている考え方かもしれません。
頭の中に、「自分はダメだ」という考えが浮かんだとしても、「自分はダメな人間だ」という事実が確定したわけではありません。
ただ、「自分はダメだ」という思考が頭の中に浮かんだだけです。
不安になったとしても、「自分は不安を感じている」のであって、「自分は不安そのもの」ではありません。
怒りが出ても、「怒りという感情が今ある」だけです。
そうやって、自分の感情や思考を少し離れて見る。
僕はこの感覚を身につけてから、以前よりも自分の脳に振り回されにくくなりました。
最後に
僕は22年間、心の苦しさと付き合ってきました。
家庭環境
親との関係
学校の人間関係
兄の死
自分自身の長年のネガティブ思考
いろいろなものが重なっていたのだと思います。
そして、筋トレを4年間続けても、生活習慣を改善しても、何かを継続的に努力してみても、心の苦しさは一切消えませんでした。
そんな僕が少しずつ変わるきっかけになったのが、「自分の脳を観察する」という考え方でした。
脳に染みついた癖は、完全には消えないかもしれません。でも、弱くすることはできる。
少なくとも僕は、そう感じています。
まだ自分が完全に回復したのかは分かりません。
それでも、22年間を振り返ってみれば、「死にたい」と考えることがほとんどなくなった。
これは僕にとって、本当に大きな変化です。
だから今は、「完全に治す」ことだけを目標にするのではなく、今日を少しでも楽に生きる。
そして、またネガティブになったら、「あ、またこの思考が来たな」と気づく。
その繰り返しでいいのだと思っています。
そして最後に、この世はどうしようもないほど不平等です。
こんな記事を一生見なくてもいいような人も沢山います。
死にたくなったことなんて一度もない人も沢山います。
僕は、そんな不平等によって、理不尽に殺されることだけはあってはいけないと思っています。
自殺は殺人です。
誰かが自殺をしてしまうような理不尽な脳にしたんです。
そうなってしまったとき、誰も手を差し伸べなかったんです。
手を差し伸べられるほど、知識も経験もないんです。
この社会問題の本当の原因はどこにあると思いますか?
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
皆さんの心が少しでも軽くなることを願っています。
うぃる


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