音楽に救われた。
そういう話を聞くことは、これまでにも何度かありました。
「この曲を聴いて、もう少し生きてみようと思った」
「この歌詞に救われた」
そんな言葉です。
正直、以前の僕は、そういう話を少し大げさだと思っていました。
音楽を聴いたところで、現実が変わるわけではない。
家族が戻ってくるわけでもない。
お金が増えるわけでもない。
人生の問題が解決するわけでもない。
だから、音楽が人の命を救うなんて、本当にあるのだろうかと思っていました。
でも、今ならはっきり言えます。
僕は、音楽に命を救われた。
その音楽を作っていたのが、山田亮一さんでした。
山田亮一とは
山田亮一さんは、ロックバンド「ハヌマーン」や「バズマザーズ」のギターボーカルとして知られるミュージシャンです。

ハヌマーンは2000年代から活動し、独特なギターサウンドと、山田さんが書く強烈な日本語詞によって、一部のロックファンから非常に強い支持を集めました。
2012年にハヌマーンが解散した後は、「バズマザーズ」を結成。
その後も音楽活動を続けてきました。
僕が山田さんの音楽を知ったのは、そんな長いキャリアの中でも、かなり後のことでした。
まさか、その音楽が自分の人生にここまで深く入り込んでくるとは思ってもいませんでした。
ハヌマーンとの出会い
僕がハヌマーンを知ったのは、人生でかなり苦しい時期でした。
兄が自殺した後。
僕自身も精神的にかなり追い詰められていました。
生きていても仕方がない。
これから先、何をして生きていけばいいのか分からない。
もう、死んでしまおうか。
そんなことを考えていました。
そんなある日、YouTubeでたまたまフジファブリックの「若者のすべて」が流れてきました。
そして、その関連動画に、
「ハヌマーン 若者のすべて」

という動画が出てきました。
当時の僕は、当然それがハヌマーンの曲だとは知りません。
「フジファブリックの別バージョンかな?」
くらいの感覚で再生しました。
これが、僕と山田亮一さんの音楽との出会いでした。
「なんだ、この音楽は」
再生した瞬間、かなり衝撃を受けました。
平成のロックバンドらしい、少し乾いたテレキャスターの音。
勢いのある演奏。
そして、どこか投げやりにも聞こえる山田さんの歌声。
綺麗に歌い上げるというより、
「もうどうでもいいよ」とでも言いたげな歌い方。
それなのに、なぜかものすごく感情がこもっている。
当時の僕には、それが刺さりました。
自分が感じていた、
「もうどうでもいい」
「何をやっても意味がない」
「こんな人生をどうすればいいんだ」
という感情を、そのまま音にしているように感じたからです。
そして僕は、そこからハヌマーンにどんどんのめり込んでいきました。
「若者のすべて」
「トラベルプランナー」
「アナーキー・イン・ザ・1K」
次々と聴いていきました。
そして「幸福のしっぽ」に出会った
そんな中で出会ったのが、「幸福のしっぽ」でした。
最初に見たとき、「なんだ、この長い曲は」と思いました。
8分を超える曲です。
普通なら、「長いな」と思って飛ばしてしまってもおかしくありません。
でも、なぜか再生しました。
すると、最初は大きく始まる。
そこから一気に落ちて、ギターが鳴る。
そして、山田さんの歌が始まる。
気づけば、僕はその曲を最後まで聴いていました。
8分以上ある曲なのに、1分くらいに感じました。
そして最後のサビで、涙が出てきました。
「こんなに優しい音楽があるのか」
僕はそれまで、ロックというものはもっと攻撃的なものだと思っていました。
怒り。
反抗。
叫び。
そういうものがロックだと思っていた。
でも「幸福のしっぽ」を聴いたとき、違うと思いました。
こんなに優しい音楽があるのか、と。
この曲は、「頑張れば幸せになれる」とも、「夢を追いかければ人生は素晴らしい」とも歌っていません。
むしろ逆です。
人生がどれだけみすぼらしくても。
好きなことができなくても。
会いたい人に会えなくても。
それでも日常を続けていく。
それでも生きていけと、背中を押された気がしたんです。
そして、この詩の中にある、
「それでも人間でいたい」
という言葉。
それが当時の僕には、本当に必要なものだったんだと思います。
僕は「幸せになること」を諦めてもいいと思えた
当時の僕は、「幸せにならなければいけない」と思っていました。
でも、現実はそう簡単ではありません。
兄は亡くなった。
自分自身も苦しい。
家庭環境も簡単には変えられない。
これから人生が良くなる保証なんて、どこにもない。
そんな自分に、「前向きに生きろ」と言われても、正直無理でした。
でも、「幸福のしっぽ」を聴いて、
「別に、みじめな人生でもいいんじゃないか」
と思えるようになりました。
これが僕にとっては、とても大きかった。
「幸せになれなくてもいい」という意味ではありません。
そうではなく、
幸せになることを一旦諦めても、それでも生きていていい。
そう思えたのです。
「人生を良くする」ではなく「人生を受け入れる」
僕はこの曲から、「人生を良くしなければならない」という考え方とは違うものを受け取りました。
自分の身に起こったこと。
これから起こるかもしれないこと。
その全部を、無理に肯定する必要はない。
でも、「こういう人生になってしまった」という事実を受け入れて、そのまま生きていく。
それでもいいと思えるようになりました。
これは当時の僕にとって、ものすごく大きな変化でした。
山田亮一の言葉は、僕にとって父親のようだった
僕は家庭環境の中で、父親から十分に何かを教えてもらったという感覚がありませんでした。
だからなのかもしれません。山田亮一さんの歌詞や音楽から感じる言葉が、まるで自分を現実に引き戻してくれるように感じました。
夢を見せてくれる人というより、
「現実はこんなもんだ。それでも生きろ」
と教えてくれる人。
綺麗事を言わない。
「人生は素晴らしい」と簡単には言わない。
それでも最後には、
「じゃあ、それでも生きていこう」
と現実という夢の中へ連れていってくれる。
僕にとって山田さんの音楽は、そんな存在でした。
まるで、父親のようでした。
僕はこの曲に「生きる覚悟」をもらった
「幸福のしっぽ」を聴いて、突然人生が楽しくなったわけではありません。
現実は何も変わっていません。
死んだ兄が戻ってくるわけでもない。
家庭環境が変わるわけでもない。
自分の苦しみが消えるわけでもない。
それでも、
「こんな人生でも、生きていくしかないか」
と思えるようになった。
それだけで十分でした。
僕にとって、この曲は「希望の歌」ではありませんでした。
むしろ、希望がなくても生きていくための歌だったのです。
「幸福のしっぽ」は今でも特別な曲
「幸福のしっぽ」は、今聴いても特別です。
単純に「いい曲だから好き」というだけではありません。
あの頃の自分が、この曲を必要としていた。
兄を亡くして、
自分自身も生きることに疲れていて、
これから先の人生に何も期待できなかった。
そんなときに、この曲と出会った。
だから、この曲を聴くと当時の自分を思い出します。
そして、
「あのとき死ななくてよかった」
と思います。
山田亮一さんの現在
そんな山田亮一さんは、現在も音楽活動を続けています。
ハヌマーン、バズマザーズを経て、2024年には新たなロックバンド「アフターソウル」を結成。
現在は山田さん(Gt/Vo)、田中耕平さん(Gt)、shimizuyuさん(Ba)、ニキドラムさん(Dr)の4人で活動しています。
そして2026年3月11日には、アフターソウルとして1stフルアルバム『軽音楽』をリリースしています。90年代オルタナティブロックを基盤に、ブルース、フォーク、ファンク、歌謡曲などを取り入れた音楽性だと紹介されています。
また、2026年6月には山田さんのこれまでの活動を振り返るインタビュー記事も公開されており、現在もライブハウスを中心に長いキャリアを続けていることがうかがえます。
解散済みのハヌマーンを聴いていた僕にとっては、
「まだ音楽を続けているんだ」
ということ自体が、なんだか嬉しく感じます。
最後に
僕は今でも、自分の人生が幸せなのかどうか分かりません。
これから先、また苦しくなることもあると思います。
それでも、兄が亡くなったあの頃に比べれば、少しだけ遠くまで来ることができました。
その途中には、いろいろなものがありました。
その中でも山田亮一さんの音楽は、間違いなく僕の人生に大きな影響を与えました。
もしあのときYouTubeを開いていなかったら。
もし「若者のすべて」の関連動画にハヌマーンが出てこなかったら。
もし「幸福のしっぽ」を長いという理由だけで飛ばしていたら。
僕はどうなっていたんだろう。
そんなことを考えることがあります。
人生には、自分では予想できないところから、突然何かが現れることがあります。
僕にとって、それが山田亮一さんの音楽でした。
あの頃の僕にとって、山田さんの音楽はただのロックではありませんでした。
生きることを、もう一度考えるための音楽でした。
今回の記事はここまでです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
うぃる
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